独一無二

撲滅、更正改革に続く三度目の改題。
信じるのは、ただひたすら己の治癒能力。
もう惑わされる事なく、思うままにどこまでも。
2006.11.16 閉鎖します〜 
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太極拳 三回目

この日は、体験入学者がお1人いらっしゃいマシタ。
我輩と同じ道を辿るね。重たい普通の運動靴に普通の靴下。
とっても疲れるのよ。
オススメは薄いソコのペラ靴
 皆さんはおそろいの靴をどこかで購入されたようだが、我輩は
 プーマのバレエシューズ(モドキ)を使用。
それに、5本指靴下。基本的にあまり好きではないけど、太極拳するにあたっては
コレが必要と判明。足指に手の指を入れてストレッチするので、5本指は便利。
夏なら裸足でもいいね。
今回は血の流れを感じたなあ。立ち方が少々そっくり返っているとの指導を
受けたので気をつけねば。ハラを突き出すような立ち方は、ソコで気が
止まるから、真っ直ぐ立つようにとの事。うむ難しいね。
しかし、結構ハードな運動にもかかわらず、途中で眠たくなってきたのは
どういう事だ?!
ああ眠い眠い。ここ数年は立ってても眠くなる事が多い。脳がオカシイのかね?
何か作業してても、急に眠っている事もある。。。アブネエな

スッキリいい汗流したが、問題発生。
運動後、痛みが酷くなる、という記事を読んだがモロ来た〜〜〜!
止まっている血がガバガバ流れているような感覚で、それに伴い中で
何かが暴れてるような?痛覚を刺激しているような感覚に襲われる〜〜!
いてえぞゴラア怒りマークパンチパンチ
でも、血を止めて鬱血させたまま小康状態を保つより、流していく方が
体には良いように思うがね?

お昼ごはんの後は、かたずかない部屋を延々掃除。いつまでもかたずかないね
おかげで今度は腰やら肩やらが堪らん。
いつまで続くのだ?このウザい痛みはよう〜
本日の気分 | permalink | comments(9) | trackbacks(0)

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この記事に対するコメント

お恥ずかしい話なのですが・・・
手術前にお風呂に入るのが恐かったです
がん細胞が身体中をグルグルしそうで・・
今更そんな事を意識しても意味が無いと判ってたんですけど、温まるのが恐くてシャワーにしてました
今でも笑えない話です・・・(汗)
マリン | 2006/11/06 3:42 PM
太極拳って血流がよくなるんだね〜!
まぁ運動だからそうだと思ったけど・・・。
しかし身体が痛くなるほどの血流ってどんなんだろう??
部屋の掃除もゆっくりね!
私の部屋はウサギの毛だらけだけど掃除してないよ〜。
身体に悪いから掃除もしなくちゃね!
みぃ | 2006/11/06 7:28 PM
血流が良くなると、免疫アップに良いと思うんですが、
痛みがあると何の意味があるんだか、
気になりますよね。
眠くなるのは、身体が睡眠を求めてるんですよ!

沢山寝て、更に免疫高めて下さい〜!
くにまげ | 2006/11/06 9:09 PM
きゃ〜NAROちゃん(いきなりちゃん呼ばわりお許しを)

京極さんの小説ファンだったのね。
私京極堂シリーズは「鉄鼠の檻」が最高だと思っております。真っ白い静寂の中の話絵になる美しさを感じる作品。

私も数年前から突然眠くなるのよ。
仕事中・運転中(怖いね)問わず何故か突然睡魔が襲う。
それにブツは痛みが無いってDr言っていたけど痛かったよ。
今も肋骨痛く感じると転移?って字が頭をめぐる( ̄□ ̄;)
免疫upしブツをやっつけようね! 
ほっこ | 2006/11/08 3:57 PM
NAROさんお久しぶりです。
ちょっと私ごとで忙しくなり、リンクつけてくださったのだけれど、ごめんなさいHPお休みします。そしてありがとう。
青い鳥 | 2006/11/09 10:28 AM
皆様遅くなりましてゴメンナサイ!
理由は、次の更新で・・・
>マリンさん
あはは〜、逆ですよう;;
冷やすとグルグルするんです。温めたら大人しくしてるん
ですよ。42度で死滅するとか何とか・・
でも、熱では上手く消滅させられないそうで、敵も然るモノ
でやす。今は大丈夫ですよね?
>みぃさん
それだけ運動不足と言うのか?自転車に乗っての有酸素
運動はしていますが、今は特に腕とか肩とか動かさないしね。患部が引き攣れる〜
痛みを引き起こす症状は良く判りません;;
部屋は、本当大変!寝る場所すら無くなって来ました
>くにまげさん
入院中の睡眠はすばらしかったっす。
10時間くらいは寝たな〜。寝溜めが出来ない人間って
ホント不便な生物。出来る限り早く寝る事を人生の
目標にしますね
>ほっこさ〜〜ん
京極大好きよ!あの美しい文章、あのギャグな言い回し。
どれを取ってもサイコー!鉄鼠、あれは良い。
私は榎さんファンなので、徒然袋が好きなんですよ〜
炎症性はブツが痛むんですよ;;炎症だから
でも、だいぶマシになってきました。
さあ!これからもっと強気で行きますぜ。
普段何でもない痛みも「転移?」って考えますよね。
おおイヤだイヤだ;;
>青い鳥さん
大丈夫ですか?もうこのコメントもご覧頂けて
ないでしょうか?
ゆっくりなさって下さいね
NARO | 2006/11/12 11:42 AM
はじめまして。このコメント送って読んでいただけるかわからないけど、送信してみます。NAROさんは仏法を学ばれたようです。私は創価学会員で仏法を学んでいます。私自身も乳がんになりました。手術後8年になります。今のところ再発はありませんが、NAROさんのブログを読んで、検診に行こうと思いました。以下は本からの抜粋です。長文ですみません。「よき生」を生き、「よき死」を迎えるためには、どうすればいいのだろうか?現代の日本人の生死観と、あるべき生死の哲学について、精神科医の長渕忠文さん(創価学会鳥取県ドクター部長)とともに考察した。(大白蓮華11月号)
−まず、ご自身のがんの闘病体験から伺いたいのですが。
長渕:昨年7ヶ月間、入院生活を送りました。2月に右脇のリンパ節が腫れていることに気付いて、自分でれんとげん写真を撮りました。見た瞬間、肋骨のがんとわかりました。すぐに母校の大学病院に入院しました。そこで検査した結果、増殖性が強く、悪性度の高い小細胞がんという診断が出ました。不安になって病室を抜け出し、大学の図書館で調べてみました。古い教科書でしたが、私のようなケースでは3年後に全員死亡というデータが出ていました。「今は、がん治療は飛躍的に進歩している。こんなふるい教科書は当てにならない」という結論を下して、それ以上、調べることはやめました。主治医は「5年以上生きるのは難しい」と考えていたようです。
−死の恐怖は感じましたか。
長渕:わずかな間ですが、「自分が死んだら、自分のいない世界が続いていくんだな」と実感しました。小学生になったころ、「自分が死んでいなくなった後も、この世界は、何も変わらずに、ずっと続いていくんだ」という事実に思い至って、ものすごい恐怖を感じたことがあります。その時の恐怖が50年近くたって蘇ってきたのです。長年、医療現場にいて感じるのは、多くの人が抱く死の恐怖とは「あらゆる人間関係が断ち切られて、自分だけが、たった一人で死んでいかねばならない」という絶対的な孤独感なのです。
−どのような入院生活を送られたのでしょう。
長渕:とにかく、ベッドの上で題目を唱えていました。祈り続けていると、人生にとって本質的なものが見えてくるように感じました。その一つが「客観性とは何か」ということです。客観的に生存率が90%といっても、そこに自分が入れるとは限りません。生存率10%といっても、そこに自分が入れないとは限りません。生存率が低いから死ぬと決まったわけではありません。その数字は、「並々ならぬ決意で臨まなければならない」ことを物語っているだけです。要するに、客観的に見える外的な要素そのものが、人生を決めるのではありません。そうした外的な要素に対して、主観的な内なる意志が、どのように立ち向かっていくのか−それが人生を決めるのです。池田先生の戦いは、まさにそれを教えているように感じます。50年前、世界190ヶ国、地域に、大聖人の仏法が広まると誰が考えたでしょうか。その確率を数字にすれば、0.00001%以下だったかもしれません。しかし、先生の胸中には、「断じてやる!恩師の構想を実現する!」という強靭な意志が存在していました。そして、何十年もかけて不可能を可能にしていかれたのです。客観的に見える外的な要素がどうあろうと、自分自身の希望を捨ててはならない、確信を失ってはならないのです。私は、病室のベッドの上で、こうした人生の厳然たる事実の一端に気付かされたのです。
−手術までは、かなり時間がかかったのですね。
長渕:検査と放射線治療、抗がん剤治療を続けた末に、7月に12時間の手術を受けました。その直後のことです。私は集中治療室の天井を見つめながら、自分自身に何度も問いかけました。「すべてのがんは去っていった。まもなく、再び現実社会に戻れるだろう。その時、自分は、一人の人間として、医師として、信仰者として、使命を果たしきっていけるだろうか?」その問いかけに私は熟慮の末に答えました。「よし!戦おう」と。自分の人生において、厳粛な誓いの瞬間でした。その後、手術の時に採ったがん組織をもう一度検査したら、実は、小細胞がんではなく、形質細胞腫であることが判明しました。悪性の腫瘍ですが増殖性の弱いもので「ありがたい!もっと生きて戦える」と思いました。
−本当に有意義な入院生活だったのですね。
長渕:入院中に知り合った患者さんで、私の紹介で入会した方もいます。その方は、私が医師だと知って生活上の悩みを相談してきたのです。「題目をあげたらどうでしょう」と言ったら、素直に「では、あげてみます」という返事でした。それから朝晩、真面目に題目を唱え始めたのです。
−長淵さんの前向きな生き方に感動したのではないでしょうか。
長渕:そうかもし
浩美 | 2006/11/30 10:48 PM
−長淵さんの前向きな生き方に感動したのではないでしょうか。
長渕:そうかもしれません。私は、手術後も12日間、集中治療室に入れられていたため、その方に会えませんでした。12日間、「せっかく題目をあげ始めたのに、やめてしまったらどうしよう」と、その方のことばかり考えていました。自分ではなく、他の人のことばかり心配していたのです。「他者の幸福のために何ができるのか」−闘病は私の生き方を根本から変えたように思います。
−真摯に死に向き合うことが、良き生をもたらすと考えますか。
長渕:死という現実の前では、名誉も権力も財産も意味をなしません。死を見つめた時に、「何のために生きるのか」という生きる意味の探求が始まります。私たちは、さまざまな対象に意味を見いだしながら満足感を得ています。その対象は、時とともに移ろいゆくものです。しかし、もし永遠に移ろわぬ対象を見いだせたならば、永遠の満足感を得られるはずです。その永遠性を究めたのが仏法です。しかし現代人の価値観は、永遠性どころか、極めて刹那的なものを追い求めています。また、先ほど、死の恐怖とは孤独感であると述べました。近くに人がいなければ、孤独は癒されないのか?そうではありません。人間は意味を感じられれば、自分を孤独とは思わないのです。大いなる意味に生きる人に孤独な死の恐怖はありません。
浩美 | 2006/11/30 10:51 PM
浩美さん、あなたの記事を読んで感動しました。私も同じ号から抜粋して学校の福祉心理のレポートを書きました。
同大白蓮華11月号の医学博士白石哲也さんの科学から
「ー個人主義が進んだ現代では、“俺の体だから、自分がどう生きて死のうが勝手ではないか”と考えるむきもありますが……。」
から
「人の死は、他人の脳の中での新たな生の始まりととらえることもできるのです。だからこそ、“自分の人生は自分だけのものではない、次の世代に渡せる大切なものだ”となるのです。」
なども参考にしました。
もう末期のガンだから、早く死にたい!殺せ!という人から生きてても仕方ないから死にたい!までさまざまな形で自殺願望は生まれるかと思いますが、せっかく生まれてきたならば幸せに生きて幸せな死を迎えたいと思いませんか?
良き死を迎えるためには良き生を生きる事です。生ききったあとに幸せな死がある。それは決して自殺では得られない。仏法の生命観から見れば「死」は「安全基地」となる
とあります。死をどうとらえるか。これは科学的にも、どう生きるかに深くかかわっているといえるでしょう。
と白石哲也さんは語っています。

K | 2007/02/12 1:50 AM
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